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第6回大雪山国立公園フォーラム
2003/12/27

大雪山の高山植物の秘密を探る

工藤 岳(北海道大学) 


1.地球上で見られる季節性のパターン
緯度と標高変化に沿った地球上の気候変化について見てみましょう.低緯度にある熱帯地域では,1年を通して日平均気温はほとんど変わりません.つまり季節がありません.ここでは,標高が上がるにつれて気温は下がっていきますが,季節は変わらないのです.すなわち,低地にいる植物も高地にいる植物も低緯度地域では365日生育することができます.一方で,僕らが住んでいる温帯には冬があります.多くの植物は5℃以下になると光合成ができなくて,生育がとまってしまいます.こういうところでは,標高が上がると年間の生育期間,すなわち気温が5℃以上になる期間は短縮されていきます.亜寒帯に行くと,もっと変化の割合が大きくなります.中緯度から高緯度にかけての生態系は,標高の増加とともに気温が下がるだけでなく,生育期間も短縮されていきます.温度と季節の二つの効果が同時に作用する環境だということです.
季節の無い赤道直下のボルネオ島で,低地から標高が増すに連れて植生がどう変わっていくか見てみましょう.標高200mまでは樹高50〜60mの森林です.2500mくらいまで登ると,樹高4〜5mの森林になります.さらに4000m近くになると樹高が40〜50cmになってしまいます.温度の変化だけでこのような植生構造の違いがでてくるのです.それは気温の低下とともに植物の生産性が少なくなり,その結果植生構造が変化するのです.また植物の種数も標高増加にともない,どんどん少なくなっていきます.熱帯の低地林では調査面積を広げるとそこに現れる種数はどんどん増加して行きます.しかし高標高の植生では,調査面積を増加させても新たな種はなかなか現れず,出現種数はすぐ頭打ちになります.これは,生態系を構成している植物種数,すなわち生物多様性が気温の低い場所で少なくなることを意味しています.
次に僕達がすんでいる温帯の場合です.北海道の低地には,イタヤカエデ・ミズナラ・シナノキなど落葉広葉樹を主体とする森林が発達します.少し標高が上がるとエゾマツやトドマツなどの常緑針葉樹が混ざるようになります.もう少し標高が上がると落葉広葉樹が減って,エゾマツ・トドマツ・アカエゾマツといった針葉樹林になります.ところが不思議なことにさらに登っていくと再び落葉広葉樹のダケカンバ林になります.ついにはハイマツが現れて,高山帯になります.このような植生の変化は,気温の変化と生育期間の長さという2つの要因が同時に作用して引き起こされたと考えられています.
地球上の植生は,温度の変化と季節の変化によって変わります.高山生態系は,地球生態系のなかではごくごく末端部にへばりついている,種多様性の低い生態系です.高山生態系は当然のことながら寒冷な気候条件に成立しているのですが,高山生態系の生物多様性を特徴づける大切な環境要因として,季節性の変化が挙げられます.植物が経験する季節性は,いつ雪が解けるかによって大きく影響を受けます.そういう話をこれからしていきます.

2.高山生態系の季節性
高山環境の季節性と環境形成メカニズムについてお話しします.6月上旬には大雪山の山々は,白と黒の段だら模様になります.黒いところは冬に雪がつかない「風衝地」といわれるところです.北西斜面でよく見られます.飛ばされた雪は南東斜面にたまっていきます.ここには「雪田」と呼ばれる環境が造られます.場合によっては雪の深さが20m以上になるところもあります.斜面の方向や形態によってふたつの両極端な環境がいたるところにみられます.これが大雪山の環境を多様にしています.
土壌の温度を一年間測って見ました.風衝地では冬には-15℃くらいまで下がりますし,夏には20℃近くまで上昇します.風衝地の土壌温度は,気温と同じような季節変化パターンを示します.かたや雪田では,冬季の土壌温度はずっと0℃に保たれ,土壌は凍結しません.雪が解けると,一気に温度が上がります.ですから風衝地には,冬はすごく寒いけれども夏の生育期間が長いという環境ができています.一方で雪田に生えている植物は,冬は積雪による断熱効果のために温かく過ごせます.しかし肝心の夏が非常に短いという極端な生活環境に生きているわけです.
雪解けパターンが植物に及ぼす影響の一つは,今お話しした生育期間です.もう一つの効果として大事なのは,雪が解けた後に植物がどういう温度変化を経験するかということです.これを僕は「季節の切取り」と呼んでいます.雪解けが早い場所では,まだ寒い時期に雪から開放されて寒い中で成長を始めます.やがて季節と伴に気温が上がり,暖かい夏を経験して,また秋に温度が下がるというように,春夏秋を植物は経験するわけです.かたや雪解けの遅い場所だと,雪が解けて成長を始めるときには真夏の温度になっています.後は下がっていくという違いがあるわけです.これは植物の開花結実のスケジュール,すなわち生活環を考える上で非常に大事になってきます.
調査を続けている場所は,ヒサゴ沼の避難小屋から化雲岳の辺りです.雪解けの早い場所から遅い場所にかけて6つの調査区を設定し,雪解けのパターンを記録しています.1988年から始めて,15年くらいのデータ蓄積があります.雪解け日は年によってものすごく違います.例えばAプロットでは,一番雪解けが早かった1998年には5月上旬に雪が消え,一番雪解けが遅かった1993年には7月上旬に雪が消えました.このような非常に大きな年変動があるというのも高山環境の大きな特徴になっています.

3.雪解け傾度に沿った高山植物の分布
このような積雪分布の違いがつくりだす高山環境の多様性に対して,どのような高山植物群落が成り立っているのか,そしてそれぞれの種が生育期間の短縮,雪解けの遅れにともなう時間の短縮に対してどのように反応しているかについて紹介します.
斜面上部や尾根や山頂の風衝地に特異的な「風衝地植物群落」は,ツツジ科低木のイワウメ,ミネズオウ,チシマツガザクラ,ウラシマツツジ,ハナゴケなどが優占しています.雪解けはだいたい5月上旬くらいです.土壌が未発達で水はけがいい岩礫斜面のようなところは,「ハイマツ群落」になります.5月下旬から6月中旬くらいまでに雪が解けるけれど,その後の土壌水分が比較的高く保たれているところには「雪潤草原」とか「高茎草原」と呼ばれる草地ができます.大雪山で一番有名な雪潤草原は,ハクサンイチゲ,チシマノキンバイソウ,ミヤマキンポウゲなどが咲き乱れる五色ケ原のお花畑です.雪解け後に加湿な状態になる水はけの悪いところには,ミズゴケ類やスゲ類が優占する「高層湿原」が見られます.雪解けが6月中旬以降と遅くなる場所には,チングルマ,ツガザクラ類,ハクサンボウフウ,エゾコザクラなど多くの華麗な花々が楽しめる「雪田植物群落」が発達します.雪解けが8月中旬以降になる,極端に生育期間の短い場所では高等植物の生育が制限され,僅かな維管束植物を伴ったスギゴケ類がマット状に発達する「雪田底植物群落」が見られます.
これはヒサゴ沼の秋の景色を撮った写真です.この1枚の写真の中に今説明した植生タイプのすべてが現れています.このように,限られた地域の中に多様な植物群落が同居しているというのが高山生態系の特徴の一つです.雪解けの早いところでは,20m×20mの範囲に36種類の高等植物が見られます.雪解けが遅くなるにしたがって植物の種類数は減り,一番遅いところでは5種類くらいしかでてきません.植物にとって生育期間の短縮というのは非常に過酷な環境で,そこに耐えられる種というのはごくごく限られてくるということです.高山植物の分布が生育期間の短縮にどのように対応しているかを見てみましょう.ミネズオウやハクサンイチゲは雪解けの早いところに限られていますし,ハクサンボウフウ,ミヤマキンバイ,ミヤマクロスゲ,キンスゲは雪解けの遅いところに限られています.エゾノツガザクラ,チングルマ,アオノツガザクラは雪解け傾度に沿って広く分布します.ここで注意してもらいたいのは,遅いところに限って出てくる植物は遅いところが好きかもしれないし,もっと雪解けが早いところに行きたいけれども,他の植物がいるために進出できないのかもしれない,ということです.いずれにしても,雪解けが特徴的にあらわれることによって多様な種がある地域の中で共存することが可能になっています.これが大事な特徴です.

4.高山植物の開花スケジュール
次は,雪解け時期が植物の開花時期を決めているという話をします.植物の開花・結実といった繁殖スケジュールを量的に表す方法として有効積算温度というものをよく使います.植物には生育ゼロ点という,これ以下に温度が下がると成長できないという最低の温度があります.例えば5℃です.その温度よりも高い温度を積算したものが有効積算温度です.それぞれの種は積算温度が何度になったら芽を吹きをはじめて,何度になったら花を咲かせて,何度になったらタネを成熟させるか決まっています.開花のための有効積算温度はエゾノコザクラが60〜70度,キバナシャクナゲが80度,ミヤマキンバイが100度,エゾノツガザクラが110度くらいです.種子が成熟するのに要する有効積算温度は,ミヤマキンバイで180度,キバナシャクナゲで450度くらい必要です.この写真は雪田植物群落を撮ったものです.1,2,3,4と番号が付けられています.1は最近雪が解けたところです.2は1週間前に解けたところ,3は約10日前に解けたところ,4は2週間くらい前にとけたところです.1から4にかけて雪解け傾度が存在し,咲いている植物が違います.2ではエゾコザクラが咲き,3ではミヤマキンバイが咲いています.4では植物の大半は終わっていて,チングルマが開花を始めています.1枚の写真の中でもそれぞれの開花時期がずれているわけです.緯度に沿って季節が変わっていく,標高にそって季節が変わっていく,と最初にいいましたが,高山帯の中では本当に局地的な部分で季節が変わっているということがわかると思います.高山植物の開花パターンは複雑ですが,もし高山帯の雪が一斉に解けてしまったら,全開花時期は6月中旬から8月上旬くらいまでの2ヶ月足らずになってしまいます.雪解け傾度が存在することによって,開花時期が6月中旬から9月上旬まで延長されていくことになります.同じ種であっても開花時期が違うので,いつ行っても見ることができます.高山植物が奇麗だと感じるのは,複雑な開花パターンを持っているからです.このようなパターンは僕らが見て奇麗だと感じるだけなく,花を利用している昆虫にもすごく大事なことです.もし雪解け傾度がなければ,虫が花を利用できるのは10日くらいしかありません.雪解け傾度があることによって,短い距離を動くだけで一ヶ月以上もある特定の植物種を利用することができるのです.

5.花と昆虫の関係
次に植物と花粉を運ぶ昆虫,花粉媒介昆虫(ポリネーター)との関係を見ていきます.大雪山で花粉を運ぶ代表的な昆虫は,マルハナバチ類,ハナアブ類,ハエ類,チョウ類です.チョウ類は長い口吻で蜜を吸うので花粉がつきにくくなっています.植物側にとっては蜜だけとられ花粉を運んでくれないということになります.ですから植物はマルハナバチやハエやハナアブにきてもらいたいのです.大雪山に生える主な植物75種で花粉の運搬者を調べました.4分の3くらいが虫媒花です.マルハナバチに依存しているマルハナバチ専門の花が20%,ハエやハナアブといった双翅目の昆虫にたよっているものが40%弱,両方にたよっているのが15%でした.ハエ類は5月下旬から9月いっぱい活動し,ハナアブ類は少し短くて6月中旬から9月中旬くらいまでです.マルハナバチ類はいちばん活動期間が限られています.越冬した女王がでてくるのが6月中旬以降です.働きバチが活発に動きだすのが7月下旬くらいから8月いっぱいです.こうみると植物にとっていちばん虫を集めやすいのは,7月中旬から8月上旬までの時期ということになります.先程話したように植物の開花というのは雪解け時期によって一方的に決められています.ですから,たまたま雪が早く解けてしまうと昆虫の活動のピークよりも前に咲いてしまいます.逆に雪解けが遅くなれば昆虫の活動のピークよりも後に咲いてしまいます.それによって,花粉がうまく運ばれず,種子生産ができないという状況が起きるかもしれません.
風衝地に生育するツツジ科の矮生低木(ウラシマツツジ・コメバツガザクラ・ミネズオウ・キバナシャクナゲ・イワウメ・クロマメノキ・ヒメイソツツジ・エゾツツジ・コケモモ・チシマツガザクラ)の開花時期は早いものは6月上旬,遅いものは7月下旬から8月上旬です.早く咲く種類の結実率は非常に低くなります.一方で遅く咲く種類は沢山の種子ができます.このような違いは,昆虫の活性が高いときに花を咲かせるということが効いていると思います.ただし早咲きの種は,種子生産が低い状態でどのように子孫を残していけるのかについてはまだわかりません.
いまのは種間での開花時期の比較でしたが,今度は種内での開花結実の比較です.キバナシャクナゲは風衝地から雪田まで広い分布域をもっています.風衝地のものは早い時期に開花し,雪田のものは遅くなってから開花します.そうすると,開花時期の昆虫の活性が違っているので,種子生産が影響を受けていることが考えられます.キバナシャクナゲは種子生産に時間がかかるのであまりに遅く咲くと雪が降る前に種子を成熟させることができなくなります.しかし開花が早すぎると虫が来ないので,花粉媒介がうまく行われずに結実率が低くなります.人工授粉するとさらに結実率は高くなり90%くらいになります.また花に袋をかけて虫が来ないようにすると,ほとんど種子ができません.このようにキバナシャクナゲの種子生産は昆虫の活性とよく対応していることがわかります.さらに除雄(雄しべを取り除く)処理をすると,他個体の花粉が運ばれてこなければ種子ができませんので,開花時期と昆虫の活性との関係がよりはっきりわかります.全生産種子数だけでなく,できた種子の質も問題になります.自殖でできた種子なのか,あるいは他個体と遺伝子交換をしてできた他殖種子なのかということです.キバナシャクナゲでは開花時期が違えば,自殖と他殖の割合が違ってきます.高山生態系は雪解けによって開花時期が決まっています.そうすると,遺伝子を交換できる相手も同じような雪解け状態にある場所同士で起こることが予測されます.ということは,高山植物の遺伝的な構造自体も雪解け時期がひき起こす季節性によって形作られているのではないかということが考えられます.

6.高山植物の遺伝構造
僕の研究室では高山植物の遺伝構造を調べるというプロジェクトを行っています.ヒサゴ沼・化雲平・五色が原と離れた3つの調査地で雪解け時期が同じ3つのグループに分け,遺伝的分化を引き起こすのに大事なのは,場所の隔離なのか雪解けの時期なのかを調べています.フェノロジーグループと地理的グループに3つのグループをつくって,遺伝分化指数を調べます.遺伝分化指数というはどのグループとどのグループが遺伝的に近いかということを示すものです.ターゲット植物は,ハクサンボウフウ・エゾヒメクワガタ・ミヤマリンドウです.これらは雪田に一般的な植物です.これらの植物は種子散布距離が短いので,遺伝的な交流は花粉散布によっていると考えられます.ハクサンボウフウは,3つのそれぞれの地域内で遺伝子交流が起きているという結果が出ました.ところが,エゾヒメクワガタとミヤマリンドウは3つの地域の同じ雪解けをもつ集団間で遺伝的に近いという結果がでました.これが示していることは,いくら距離的に近くても開花時期が違ってくれば遺伝的交流はシャットアウトされてしまう.すなわち雪解け傾度があることによって,遺伝的な多様性も高山生態系の中では維持されているということがわかってきたわけです.
こういった調査からわかる大事なことの一つは,高山生態系というのは,微妙な雪解けのタイミングのバランスで成立っている,非常に感受性の強い影響を受けやすい生態であるということだと思います.今,地球規模で温暖化がおきていますが,温暖化の影響というのは,ツンドラとか高山帯とか非常に寒い場所に成立した生態系で真っ先に影響をうけると予想されています.日本では高山帯は面積的に少ないのですが,地球環境の指標となるような生態系という見方が世界的にも広まってきました.
僕らのグループでは,少し前から温室を使って温暖化実験をやっています.アクリルの小さな箱を置くことによって中の温度が2℃くらい上昇します.これによって,植物の成長がどう変わってくるのか,種子生産がどう影響されるのか,種構成はどのように変化していくのか,などに着目して調べています.このような実験をすることによって,今後の地球環境への影響も見ていけるのではないかと期待しています.
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