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第7回大雪山国立公園フォーラム2
2003/12/27

登山者が求める利用,受容れ環境としての登山道

小林昭裕(専修大学北海道短期大学)


 ご紹介いただきました,専修短大の小林です.はじめに,これまで大雪山での調査に際しお世話になった環境省,上川町,利用者の方々に,この場を借りて厚くお礼申し上げます.

適正利用に向けた概念

従来,国立公園では,風致・景観の保全と利用計画に基づく利用の推進を目的とし,開発行為に対する規制に重点が置かれていました.しかし,生物多様性や生態系の保全,良質な自然とのふれあいに対する方策が必ずしも十分ではありませんでした.そのため,これらが一因となり,過剰利用による悪影響や不快な利用状況が生じています.また,利用計画がない区域への無秩序な立ち入りによる生態系への悪影響や,知識や技術不足,無計画利用による海難や遭難など,利用の安全性への懸念も広がっています.自然環境の保全や自然体験への社会的関心の高まりを背景に,過剰利用に対する対処や,適正利用に向けた概念が提案されているのです.
自然公園での,他の場所では得られない自然体験,すなわち自然環境のもとでの野外レクリエーション活動の場が失われるのは憂慮すべきことです.その構成や要因について,これまで過剰利用や無秩序利用,利用の多様化,ルールの欠如がもたらす影響について,対応が不十分であったと考えられます.夏の大雪山は多くの登山者でにぎわいます.利用者の多くは,雄大な自然景観の眺めや,高山植物との出会い,手つかずの自然を求めに訪れています.しかし,この時期は,高山植物にとっては限られた生育時期であり,また,残雪が多く残り,融雪水も多いなど,踏み付けによる,植物,土壌への被害が顕在化しやすいという特性があります.最近では,トイレ問題に加え,登山道及びその周辺での環境の劣化に対する関心が高まっています.

利用体験の質の保全

利用体験とは,自然体験を通じ,自らが期待した状況に対する認識をもとに,期待を満たす過程であり,利用体験の質とは,過程に対する利用者の評価と定義されています.ここでは,ROSの概念に従い,予想される利用体験を実現するため,一定の空間のもとで,活動する利用者にとっての好機を,機会と定義します.この考え方は米国でうまれたもので,今ではカナダ,オーストラリア,ニュージーランドなど国立公園管理の先進国で採用されている概念で,我が国でも利用体験の質の保全に対する関心が,ようやく,めばえ始めたところです.概念モデルでは,物的環境,社会的環境,管理水準の各次元によって空間の特性が左右されると捉えています.そこでは,人工的,喧騒,集約的管理の特性の強い状態を一方に,対極に原生的,静寂,粗放的管理の特性の強い状態をおき,両極の間に空間を位置付けます.次元を特徴づける要素には,利用体験を左右する対象が選ばれ,要素の内容や組み合わせに応じて,空間が特徴づけられます.したがって,特徴付ける要素を制御することで,多様な機会の実現を図ることを狙いとしているのです.
空間をどこでも同じ状態に管理すれば,機会の多様性は失われます.多様な機会が失われると,利用体験を実現するレンジが縮小し,望む利用体験の実現性は低下するのです.多様な機会を保全する意義は,利用者の抱く,興味や期待,動機,好みが各人一様でないことを前提とし,空間の可能性や特性に配慮し,利用者が望む利用体験を実現できるよう,様々な機会を提供し,適地適利用を図ることにあるのです.一方で,一つの空間に様々な利用体験の実現を図れば,背反する利用体験を求める利用者同士の衝突や,環境の破壊や劣化を招くため,多くの機会を,同時に同じ場所で実現を図ることは避けた方が良いとされるのです.
既往研究から,行動学的に,利用者は,情報や経験に基づき,欲求を充足できる可能性や難易度を考慮した活動を選ぶとされています.また,利用者は,自らの心理的動機付けに基づき,一定の満足感や達成感を得るため,空間と活動を選択すると考えられています.この点は大雪山での事例研究で確認されています.
多様な機会を保全するには,魅力だけでなく,環境負荷への耐性も場所毎に多様であることを前提に,空間への利用インパクトを考慮せざるを得ません.したがって,多様な機会を保全するため, 空間の特性に応じて土地を区分し,利用者が求める機会に応じた空間を管理することは,要望に適合する上で好都合なほか,利用を受け入れる空間の保全にも合理的といえるのです.
個々の地点や区域に視点を限定しただけでは,機会の多様性を損なう恐れがあります.
対象とする空間よりも広い空間レベルで,例えば,広域レベルで,都市と国立公園を両極としたレンジによって当該国立公園にふさわしい機会のレンジを設定し,これを踏まえ,公園内の個々の地区や地点の,機会の多様性を設定することで,全体的に,多様な機会を確保するのです.
また,一方で,多様な機会を設定する場合,自然環境への関わり方が変化しつつあるという時代認識を常にもつ必要があります.環境に対する哲学,科学的知見が集積されつつ,かつて“奥地”と称された区域にも多くの人が訪れるようになり,新たな対応が求められています.湿原を例に挙げれば,かつて,利用者が少ない頃,歩きやすいところに踏み分け道ができ,沼の側に道ができるような状況が許容されていました.その後,利用者が増えたことで,泥濘地が広がり,多くの植生が被害を受けるようになると,踏みつけ防止対策として,木道が設置されました.それで多くの人は問題が解決されたと思っていたのです.過剰利用により,登山道の浸食や裸地化が起きたところは,ところ構わず木道が設置されるようになり,木道周辺の乾燥化や植生変化が懸念されるようになったほか,景観破壊の面からも指摘がなされるなど,自然環境に対する見方が深まるにつれ,対処のあり方も,それに対応して深化することが求められているのです.
そのため,「利用者が求める利用体験」,「利用体験を実現しようとした場所の物的・社会的・管理上の諸条件」,「利用者の行動形態」これらの関係を総体として捉える見方が,いっそう必要になっているのです.
大雪山の登山者への意識調査から,登山者の目的地がいずこであっても,自然環境や原始性,高山植物の保全は不可欠と考えられていました.その一方で,野営地の環境条件や,アクセスの難易度など場所による多様性が求められていることが分かりました.
また,登山利用に伴いインパクトの許容度についても,場所ごとに一様でなく,利用者は,ある範囲の空間で許容できるインパクトを抱き,また,インパクトの種類によって,場所を問わず,同じレベルの許容度を示すものもあれば,場所ごとに異なるケースもあることがわかってきました.
今後の対策として,過剰利用を抑制しつつ,自然公園毎,各地区の特性に応じた利用体験像を具体的に示すとともに,利用体験像を策定するに当たっては,公園管理及び関係者だけでなく,利用者を含めた,社会的コンセンサスを形成する手法を見出すことが必要になっています.

受容れ環境としての登山道の保全

登山道の浸食や裸地の広がりへの社会的関心が高まっています.環境省は,登山道の管理区分手法を提起しているほか,近自然河川工法を応用した登山道の補修方法についても現場での適応が試みられています.
登山道の浸食やインパクトの発生については,米国での森林地帯の事例に基づく概念整理がなされています.大雪山国立公園内の森林限界を超えた場所は,多くの人が訪れており,そこには火山地形が広がり,冬季は寒冷で多量の積雪と強風を伴い,モザイク状に積雪分布が異なっています.さらに,夏まで雪渓が残り,時に豪雨に見舞われる環境下では,森林地帯とは異なる要因が,登山道の浸食や裸地化に働くと推察されます.包括的視点から,登山道のインパクトにかかる要因として,植生,標高,傾斜,斜面方位,利用度,地形・地質,登山道の配置が関わると推定されています.ここでは,既往の研究の考え方をベースとしながら,大雪山国立公園の森林限界を越えた場所で,登山道の浸食や裸地化の過程を考え,登山道管理の対応策の枠組み提起したいと思います.
提起にあたっては,既往の研究や現地での視認,森林パトロール員からの聞き取り,環境省が2001,2002年に収集した東大雪を除く現地写真(1018枚)および付随する位置確認,標高,記述をもとにしました.
1018件のうち,インパクトが軽微なものや,水平方向に裸地が広がる水平方向のインパクト,浸食が深くなる縦方向のインパクトがみられ,これらの複合したもの,いずれかのものなど多様なパターンがみられました.横方向のインパクトが見られた割合を,登山道周辺の植生別で見ると,風衝地群落や雪田群落,湿原で多く,ハイマツや砂礫・岩礫でその割合が少ないことがわかりました.また,縦方向のインパクトは,雪田群落や笹地,ハイマツ群落で多く,砂礫・岩礫,風衝地群落で少ないことが分かりました.
本来の地形と現況の登山道によるインパクトの環境変化量を,登山道上の浸食横断面積を指標とすると,変化量Y (不可逆的変化)は,その変化量を増大する要因や抑制する要因(X1,X2,など)によって,関数的にY(インパクトの程度)=f(X1, X2, X3, X4, ・・)と考えることができます.要因として,?踏圧(利用者数,登り・下りの際の路面への衝撃の与え方),?被踏圧面の状況(地下水位の高さ,表土の固結性,土壌粒子の粒経,比重,),?表土の浸食(水食と風食)への脆さ,?浸食に脆い土層厚(対侵食性の高い基層までの深さ),?地表部の透水性(土性,粒経,不透水層までの深さ),?上部斜面からの地表水の流入量(地表水および地下水路と登山道の立地関係),?地表水の流速(傾斜,登山道上の凹凸状況)?下部斜面への地表水の排出(登山道と下部斜面とのつながり),?登山道周辺へのはみ出しの抑制(ロープや地形,植生),?植生の対踏圧性(種毎の生活史,萌芽力,芽の形成位置,根群の形態など),?横断面積として示される凹面への積雪量,をあげることができました.また,これらの要因の相互関係についても考慮すべきです.
モデル提起にあたり,まず,登山道の立地特性を考えねばなりません.浸食の最も大きな力は地表水の挙動であります.登山道がない状態では,地表水は,一部が地表面を複雑に輻湊しながら,一部は地下に浸透しています.水の流れは斜面を網目・樹枝状に流れ,収斂した箇所に沢が発生します.斜面上に登山道が出現すると,地表面の水道(みずみち)を変えてしまします.登山道が地表水が収斂する場所となります.登山道の斜面下部に排けやすい状況(登山道が斜面をトラバース気味に位置する場合など)では登山道に地表水は収斂しずらいので,侵食の危険性は低くなります.排けにくいほど,流入した地表水は路面上で収斂し浸食の危険性が増すことになります.
山の横断面をモデル化すると,登山道の位置は,頂,尾根,斜面,肩,窪地,沢に分けることができます.縦断的には,直登,ジグザク,斜め登,トラバースに分けられます.横断と縦断の組み合わせとしては,頂と窪地を除いて,尾根と斜面,斜面の肩,沢では直登,ジグザク,斜め登が存在します.これらの特性は,???に直接的に関与し,????は地質的要素であり,地表の形成要因,形成年代が考慮・検討対象となります.
水の挙動が直接的に関与する場合,斜面でのインパクトの拡大する恐れがあるため,その対応が必要です.雪田群落では融雪水の影響を長く受けるため,路面は,浸食を受ける時間が長く,表層をなす腐食層は浸食に脆く,縦浸食が進みやすいと考えられます.一方,風衝地群落では融雪水が少なく,礫質な箇所が多く浸透性も高く,縦浸食を受けずらい傾向を示します.しかし,地表面に近いところに凍土の不透水層が存在する場合,地表近くの過剰水は吐けずらい状態になります.火山性の砂礫は比重が軽い上に粒経が小さく,浸食に脆いので,地表部に過剰水があるとぬかるみのような状態となり,凹地化し,浸食が進むと凍土が融解し,不透水層面が下がり,地表水脈だけでなく地下水脈も路面に収斂しやすくなります.まとまった降雨があると,路面に大量の地表水,地下水が収斂し,浸食が拡大したものとみられ,間宮岳〜中岳で起きている侵食が,これに該当するのではないかと推察されます.砂礫地の場合,登山道が敷設される以前からガリーが多く発達し,登山路はそれを避けた凸斜面上に位置されるため,水が排けやすく,登山道上でのインパクトがそれほど進まないと考えられます.
やや平坦な場所でのインパクトの拡大については,融雪水,雨水が排けにくい場所では,過剰水が常態化します.登山道ができると,踏みつけにより路面は泥濘化します.利用者は,泥濘地を避けて登山道脇へ踏み込み,側方への裸地化が始まります.山岳地では,平坦な場所は少なく,踏みつけ箇所に傾斜が少しでもあれば,浸食が進み,泥濘地に加え,流路や凹地が拡大し,歩きやすいところを求めて,さらに側方への裸地化,登山路の複線化を招き,横方向へのインパクトを拡大させたものと推察されます.
一方,水の挙動の関与が少ない場合,排けやすい場所で,側方への裸地化が出現した場所はいずれも,地表面に5cm〜15cm前後の石が散在し,浮石も多く,歩きずらくなっています.風衝地群落では植生によって被覆された場所は,足元の衝撃も少なく歩きやすいため,踏み込まれる.腐食層が薄く,踏みつけにより礫や石が短期間に露出します.そのため,脇への踏み込みが連続的に発生し,横方向へのインパクトが拡大しつづけたものと推察されます.尾根筋は浸食から取り残された地形で,縦浸食を受けずらい場所ですが,横方向のインパクトが拡大する場所があります.それは頂や分岐,コルで,利用者にとって格好の休憩地でもある場所です.数メートルの範囲内に,10分〜20分程度,同じ場所にインパクトが継続的に加わるため,植生が大きなダメージを受けやすいのです.拡大の程度は,同時滞在者数に左右されるため,利用者数の多い場所ほど,パーティ人数の多い団体が利用する場所ほど,裸地拡大が大きくなりがちです.また,野営地は,いっそう長時間インパクトが継続します.トムラウシ南沼からオプタテシケ山間にはテントサイトと見られる地点が10箇所近くも出現し,早急に野営場所を限定すべきです.
今後は提起した仮説について,?〜?で考慮した要因がどのように働くのか,現地調査での検証と,検証結果にもとづく仮説の改善,見直しを継続的に進める必要があります.

ご清聴,ありがとうございました.
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