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第6回大雪山国立公園フォーラム2
2003/12/27

大雪山の麓で暮す小さな哺乳類

出羽 寛(旭川大学)


今日は大雪山の麓の話です.大雪山そのものじゃなくて,麓の旭川を舞台にして,ネズミとコウモリの話をしたいと思います.
ネズミは皆さんご存知でしょうけれども,野ネズミはあんまり見ることはないと思います.特にコウモリはあまり見たことがないと思います.今日は標本をいろいろもってきてますのでそれを見ていただきながら話をしてみたいと思います.
さっき紹介していただきましたように僕は旭川生まれなんです.昭和18年生まれですから一応戦中派なんです.小学生、中学生の頃,ちょうど昭和30年代始めから中位,高度経済成長が始まる前です.どこでいちばん遊んだかというと,神楽岡の森,それから下の忠別川です.あそこは,僕の縄張りでした.魚釣りだとか魚すくいだとか,川で泳いでたりですね,流されそうになったこともあります.母親と家で洗濯して川にゆすぎに行くんです.それから,神楽岡の森をほっつき歩きました.周辺に原っぱがけっこうありました.キリギリス取りに行ったり,畑に入り込んで農家のおやっさんにどなられたり,そういうことばっかしやっておりました.
20数年前、旭川にもどってから旭川市の環境行政,自然保護行政に色々な形で関ってきました.それから私達、民間で建てた嵐山ビジターセンターの運営にも関ってきました.そうした中で、私はいろんな種類の野ネズミが住める町づくりをやれないだろうかと考えてきました.ネズミというと,えーっと思う人いるかもしれませんけども,いろんな野鳥や昆虫がもっと住める町、今の言葉でいうと,生物多様性を取り入れた都市計画なり町づくりを考えたい,それは単におかざり的に反映させるんではなくて本当にどう野生生物とつき合っていったら良いかという,まあそんなようなことを考えてきました.ですから,今日の話は,ネズミやコウモリを見てもらいながら,そういう町づくりにどういうふうに身近な自然を反映できるのかという,僕なりの考えを聞いていただければというふうに思うのです.

小さな哺乳類

まず標本を見てもらいたいと思います.本当は生きたものがあれば一番いいんですけどそういうわけにいきません.それで,調査をする時に必ず標本を作ります.これはご存知ですね.エゾリスです.これもご存知ですね,シマリスです.低地では少なくなったと思います.
これは知っていますか.冬になると真白になります.イタチの仲間でイイズナといいます.別名コエゾイタチです.これはホンドイタチという本州から入ってきたものです.雌です.雄はもっと大きい.これから見ていただくのはネズミです.北海道には9種類います.そのうち皆さんがご存知なのは,ドブネズミでしょう.それから同じ仲間で,もう少し尾が長くて,耳が大きくてスマートなのがクマネズミです.これはハツカネズミです.ハツカネズミというと白とか黒とかというイメージがあるかも知れませんが,野生のハツカネズミはだいたいこういう色をしています.この3種は住家性で,人間の家とその周りの農耕地に住んでいます.あとは野ネズミです.野ネズミは大きく2つのグループに分けられます.アカネズミのグループとヤチネズミのグループです.背中がオリーブ色でお腹が白くて,野ネズミでは一番大きいエゾアカネズミです.これは森に住んでいます.この仲間にはほかに2種類います.カラフトアカネズミとヒメネズミです.エゾアカネズミとカラフトアカネズミはよく似ています.なれると顔つきが違うのがわかります.アカネズミの仲間は基本的には森林に住んでいますが,カラフトアカネズミだけは鉄道沿線の茂みとか,まばらな河畔林ですとか,農耕地とかに住んでいます.どうしてかというと,このネズミが朝鮮半島から入ってきたときにはエゾアカネズミがすでに北海道の森林に住んでいたので,森林に入り込めなかったようです.それから尾の最も長いヒメネズミです.これは一番森林とつながりの深い種類です.
もう一つのグループは,しっぽが短くてずんぐりしているヤチネズミのグループです.冬に雪の下でカラマツの樹皮を食べるのがエゾヤチネズミです.郊外だと庭木がかじられるということがしばしばあります.ムクゲネズミは高山性のヤチネズミです.旭川の動物園のある旭山の奥、標高四百数十mのところや忠別川沿いの標高600〜700mくらいのところにもいますが,ふつうは高山に住んでいます.しかし、最近道北では低地にもいることがわかってきました.ヤチネズミの仲間はいろいろなところに住み,ササの密生地がすきです.住宅の周りに茂みがあると住んでいます.この仲間にはもう1種います.ミカドネズミです.背中の毛皮が少し赤っぽくて小柄です.数は少なく,針葉樹林に住んでいます.ヤチネズミの仲間は基本的に草を食べます.アカネズミの仲間は昆虫とか木の実とかいろんなものを食べます.それから住家性のネズミの仲間は雑食性でいろんなものを食べます.ネズミはこの9種類がいるわけです.

ネズミの生息環境

これらのネズミが旭川のどんな環境に住んでいるかということをスライドで紹介していきます.これは宇宙からとった旭川です.旭川市は面積が約7万5千ヘクタールほどあります.上川盆地の真中にあり,この市街地を川が放射状に流れています.市街地周辺の典型的な森林はミズナラ,カシワ,カエデからなる落葉広葉樹林です.水田地帯や丘陵にも点々と森林があります.河川も旭川の代表的な自然だと思います.河川敷のヤナギを中心にした河畔林も旭川市の大切な自然環境です.周辺の森林地域から水田地域,市街地域へと環境が変わるにつれて生息するネズミの種類構成がどう変わるかを学生と一緒に調査しました.旭川市全域のいろいろな環境を90か所ほど選んで調査しました.森林域にはエゾヤチネズミ・エゾアカネズミ・ヒメネズミが同じくらいの割合で住んでいます.畑作域ではエゾヤチネズミの割合が増え,エゾアカネズミやヒメネズミが減っていきます.河川域では90%以上がエゾヤチネズミになってしまいます.水田域もそうです.市街地域ではドブネズミやハツカネズミ等の住家性のネズミが出現します.こうして環境が都市化していくと,森林性のネズミが減少したり,姿を消し、エゾヤチネズミという特定の種だけがが多くなります.そして水田域とか住宅域では住家性のネズミが現れるというように種類構成が変化していきます.
これは本州での調査例ですが、鳥でみても森林性の鳥や水辺の鳥、そして猛禽類も減る等、環境が都市化すると生物多様性が減少していきます.ただし、疎林性のものは比較的あとまで残ります.エゾヤチネズミが農村等の環境で増えるのはそういうことです.そして樹皮を齧るので人間との摩擦を起こすことになります.こうした環境の都市化による生物多様性の減少は北海道だけでなく,日本各地で,世界各地の都市域で同じような事が起きています.人間の活動というのは基本的に生物多様性を減少させるという方向に作用してきました.それを防ぐには様々な野生生物の生息環境を残すことを考えなければいけません.
以前、当麻町の水田や畑に囲まれた0.3haの小さな林で8年間ほどネズミの継続調査をしました.エゾアカネズミやヒメネズミという森林性のネズミがこの孤立した小林地に秋に姿を現わします.それは他の住み場所から秋に移動して入ってくるんです.400m程離れたところに親子山という4.5ha程の林があって,ここにヒメネズミが住んでいます.さらに、3km程奥には森林が広がり、エゾアカネズミが住んでいます.途中には幾つもの孤立林が点在しています.しかし、周りの農耕地には住めません.ですから森林性のネズミにとってこうした孤立林はまるで陸の孤島のような住み家になっていて、面積が狭いと一時的に住んでも世代交代ができずに絶滅しやすくなります.世代交代ができるためにはアカネズミは16ha位,ヒメネズミは4ha位の面積が必要だろうと考えています.都市域の緑地は野生生物にとって島みたいな生息環境になる事が、もう一つの特徴です.

コウモリ類

日本には35種のコウモリがいます.北海道には18種,旭川市とその周辺では12種のコウモリが見つかっています.600m以上の森林で見つかっているのがヒメホオヒゲコウモリ,低地の森林でみつかっているのがカグヤコウモリ,ホオヒゲコウモリ等です.ヤマコウモリは孤立林と結びついています.ヤマコウモリは両翼を広げると40cmあり、日本で2番目に大きい種類です.旭川では生息場所が4か所知られています.その全てが神社や公園の太い木の樹洞をかくれ家にしています.コテングコウモリは鼻の先がちょっと飛びだしています.毛は産毛みたいです.このコウモリはいろんな環境から見つかっています.十勝岳の森林限界の上部で死体が見つかったこともあります.耳が大きいのはウサギコウモリです.旭川では2,3か所で発見されています.翼が広くてブタの鼻のような顔をしたのはコキクガシラコウモリ、洞窟性のコウモリです.昨年、突哨山の鍾乳洞で発見しました.コウモリというと洞窟というイメージがありますが、実際には洞窟性のコウモリは少なく、大半の種は樹洞をかくれ家にしています.ヒナコウモリとキタクビワコウモリの情報はほとんどが市街地からです。アパートの屋根裏や学校の屋根裏に住んでいます。その付近の住宅地では家に飛び込んでくることがあります。このモモジロコウモリは洞窟性の種ですが、旭川では自然の洞窟がほとんどないためか水田地域にある農業用水路のトンネルをかくれ家として相当利用しているようです。しかし、トンネルの改修工事が行われ、天井のコンクリートの表面がツルツルになると、つかみ所がないためコウモリは住むことが出来ません.そこで、コンクリートの表面をざらざらにする等のちょっとした工夫でコウモリがまた住めるようになると思います.コウモリの捕獲調査はカスミ網を使用するのですが、簡単には捕獲できません。そこで住民からのコウモリ情報がとても大事になります.コウモリを見かけたとか、住んでいるといった情報をぜひ私のほうに寄せてください.

野生動物との共存のために

旭川の市街地にももっといろいろな野生動物が住めるようにするにはどうしたら良いかということを考えました.一つは林があったり,水辺があったり,そういう野生動物の住み場所になる広い緑地を確保することです.しかしそれは簡単には実現できそうにもありません.もう一つの方法は緑地のネットワーク化をはかるということです.そうすると、一つ一つの緑地は小さくても、動物は移動によってつないで利用することによって、生息する事がある程度可能になります.旭川市内には川が放射状に流れています.河畔林を復元することで山地の森林から市街地まで4つの緑地の連続帯をつくることが可能です.そうすると野鳥や昆虫や野ネズミもやってくるかも知れません.なかにはいやな生き物もやって来るかも知れません.でも自然は本来そういうものです.旭川市は、こうした緑地のネットワークを考えた放射環状型緑化構想というグリーンプランを全国に先駆けて1975年に作りましたが、これまで実現に向けてほとんど動いてきませんでした.似た構想が帯広や釧路にもあり、帯広では市民による植樹などで「帯広の森」が造成されてきました.旭川市でも最近になって、放射環状型緑化構想を受け継いだグリーンベルト・グリーンリボン構想が再度作られました.これを現実のものにしていくのはなかなか難しい問題ですけれども,出来るところから実現させていきたいと思っています.
子供たちにとって生き物と接する経験が必要です.川や山や原野に生き物がいない自然は考えられません.だからそういう環境を少しでもとり戻す、そういうことをやっていく必要があるだろうと思っています.
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