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第5回大雪山国立公園フォーラム
2003/12/27

大雪山系の森の生きものたち

有沢 浩(森林生物研究所) 


シマフクロウを探して
私は,大雪山国立公園に接した東大の演習林で42年間動物と鳥を求めてほっつき歩いてきた男です.そのなかで出会った鳥と獣たちの話をさせていただきます.
退職して5年が経ちます.退職する前にどうしても気掛かりな鳥がいました.シマフクロウという鳥です.今,北海道に100羽少ししかいないだろう,というのが専門家の推定です.非常に数の少ない鳥ですが,東大演習林の中で十数年来しばしば出会えるようになってきました.しかし,ほとんどの場合冬場でした.夏の子育ての時期に会うことはめったになかったのですが,退職が近づくに連れて出くわすことが多くなりました.定年までの残った2年間で彼らの繁殖現場を見つけなければいけなと一念発起,それまでやってきたクマゲラを放り投げて,シマフクロウに取りかかりました.新聞の見出しに「有沢さんクマゲラからシマフクロウに浮気ですか」と書かれました.
シマフクロウ探して,探しました.どこで雄と雌が鳴き交わしているかという,場所を絞り込むのが大きな仕事になります.夕暮れから調査活動に入ります.晩酌に後ろ髪を引かれながら調査に入りました.
職場の管理者は,許可を出しません.そういう危険なことはだめだということです.チームをくんでやりなさい,単独では許可できないということでした.無視して一人で入りました.私はフクロウの生態が分かりませんから,鳴き声を求めて森をさまよい歩きました.夜の森っていうのは怖いですよ.たよりはキャップライトひとつだけですから.私はスキー1級の資格をもっているんですが,キャップライトの光で滑って幾度ころんだかわかりません.2月頃の雪はフワフワです.変なところで転ぶと立ち上がれません.職場の長がいったように,一人で森に入るとはおれは命知らずだとつくづく感じたことありました.
文献によると,日没あたりから鳴きはじめるというんですね.だから真夜中まで調査しなくてもいいだろうと高をくくっておりました.けれども8回9回歩いても,何も聞こえない.10回目の晩です.2月の末でした.自分の車に戻ったときにブーブーブっていうんです.シマフクロウは雄がふた声続けて鳴きます.すぐそれに返事をするように雌が鳴きます.これはもう完全につがい関係ができています.しめたと思いました.雌が卵を抱く習性をもっています.卵を抱く時期に雌が返事をしたわけですから,これはうれしかったですね.翌日卵を抱いている木を見つけました.それからというものは日没1時間前から森に入って9時くらいまでは粘って,翌朝に調査に行きました.雄は巣の近くにいます.しかし動かないし,鳴きもしない.じっと観てますと,見張役の雄も退屈だと見えて居眠りをします.船漕ぎをするんです.そのうち太い枝に寝そべってうたた寝をしてしまいました.写真もずいぶんとらしてもらいました.
雌親が卵を抱いています.日没1時間ぐらい前になりますと,雄がブーブーと話かけます.雌がブーと鳴く,それが延々1時間くらい,1分間隔で何度も繰り返します.それから雄が餌をとりに出かけます.
シマフクロウはだいたい魚を食べて生きている.魚が主食です.私は魚をもってくるもんだとばっかり思ってたんですが,そのころ4月の中頃には,ほとんどの場合カエルでした.雪がとけた水のたまった所にアカガエルがいるんです,そのアカガエルをさかんに持ってきていました.雌に受け渡してまた採りに行く,そういう行動を繰り返してました.4月に入って,とんでもないことが起きてしまいました.

ヒグマとの恐怖の出会い
3月の23日春分の日,これを境に富良野地方のヒグマは冬ごもり明けをします.雪の上に足跡がつき始めます.23日に新鮮な足跡を見たことが今まで2度ありますから,23日にはもう早い個体は,穴ごもりをやめて外へでてくるようです.4月に入ったら当然皆でてくると思うんですが,忘れもしない4月の26日です.もうそろそろ桜が咲く時期です.でも,森の中っていうのは,雪がまだまだあります.膝まではあります.足跡があーでてきたなと思っていたんですよ.それで朝はやくいってシマフクロウの巣穴を遠くから望遠鏡で見てるわけです.私一人なんです.だれも応援にきれくれませんから.数日前からヒグマがでて来たなというような認識はしていました.その日はですね,雄が動かない.普通は朝方の餌採りに行ったりするんです.全然その日にかぎって動かない.どういうことだと思って待ちに待ったんですが,もう午前10時半です.ただひたすら待ってました.ところがその待ってる時に何ひとつ回りに動きがない.なかったです.まったく物静かな冬の森そのものでした.その時にです,私の本当に真後ろで「ひーっ」ってものすごい悲鳴があがった.何かと思ったんですよ.物凄いかんだかい悲鳴でした.その音の方を振り返ってみると,37m離れた場所でヒグマが,メスジカの首ねっこをガブリかみついて振り回してました.シカは4つ足を天井向けてました.それで,キーキーいってるんです.その現場が傾斜のきつい北斜面でした.雪がいっぱい残ってます.あのメスジカの体重って平均的に70〜80キロあるんです.かなり重たいもんです.これを振り回します.雪がある斜面です.ずるっとずるっとスリップして下へ落ちてくるんです.ヒグマがシカをくわえたまま,でその下に私がいる.シマフクロウ見張ってる場所がそこだったんです.
4月の下旬になると森の雪は朝のうち堅雪になります.長靴はいた足でぽんぽん歩けます.シマフクロウに一応気を使ってかなり遠くでスキーをはずして,長靴でしのび足でシマフクロウに接近して観察に入ってたんです.ところが午前10時半になると堅雪は柔らかくなります.逃げようと思ったらぬかっちゃって,足が前にでないです.あわててるせいもありますよ.シマフクロウというのは幸い,小さな小川が流れる沢のすぐ脇の桂の木で子育てをやっているわけです.この桂がすごく太い.私の胸のあたりの高さの直径を測ってみたら1メートル5センチありました.この際シマフクロウに怒られても構わないと思いまして,いちもくさんに沢づたいで逃げました.もう,アオタン,アカタンっていうもんじゃないです.むちゃくちゃ.木がいっぱいたおれているなか,一目散に逃げました.高いカメラ,17万円のをだめにしちゃった.でも,カメラとお医者さん代をがまんすれば,命は助かったんですからまあ喜ばなきゃならないと思うんですけれど.
それ以来,その森に入るのがとても怖くてかなわん,でもシマフクロウがなんとしてでも見れるなら,で,私はクマよりもシマフクロウを選んだんです.もうクマがいつきてもいいやと度胸をすえてそれでいいことにして森に入りました.
みなさんにこの話をしたんです.クマ撃ちのかなりベテランのおじいちゃんが,「いやいやおまえ,そのクマはシカをねらってるんでなくてお前をねらってたんだよ」というんです.ヒグマは待ち伏せをやる習性をもっているそうです.
そんな話をきかされて,じゃあおれの身代わりになったシカを見届けてこなくちゃと探しに行ったんです.友達5人で.そうすると,私の見張ってた現場からその沢の上流100mぐらいの所に残骸がありました.食通っていうか内蔵だけしか食べてない.つまりホルモンですよ.ホルモンレバーしか食べてない.それから,あきらかにヒグマにおそわれたシカの残骸を見たことがあります.まだ,シカの死体のまわりに鮮血のついたクマの足跡がペタペタついてた現場です.これも内蔵だけ,それと両耳しか食べていませんでした.2頭ともそうでしたから.耳がおいしいのかもしれません.

シカの増加
北海道でシカが今ものすごい増えてます.雪が深まると,この富良野盆地あたりから,雪の少ない十勝方面日高方面へと移動してたっていう話が残されてます.それを裏付けるような地名があります.富良野から帯広に抜ける国道38号の途中に「鹿越」があります.これはあきらかに日本語の地名です.それからもう1つ,その先に行きますと「幾寅」があります.あれは,アイヌ語ですね.「幾」っていうのは鹿です.「寅」っていうのは「とらし」っていうんですが,「とらし」は登るです.鹿がさかのぼる川という意味です.かつてはそういうふうにして,鹿も雪の深い所から,雪の少ない所へ移動していた時代があったんです.ところがこのごろまったくそんな形跡がありません.道路が整備されたってことが大きな原因だと思うんですけれども.整備されてさらに自動車の往来が信じられないくらい増えました.あの辺りでもとぎれることのないぐらいの交通量です.そうなりますと,彼らはなかなかそこを横切れない.ましてや,横ぎることもそうとうあるらしいですけれども,そうすると車との衝突事故もあとをたたないのです.「滝里ダム」ができました.このダムの近くの森の中の国道では1年に十数頭の鹿が交通事故で命をおとしてます.4月は雄鹿の角が落ちる寸前ぐらいの時期です.その時期に大事故がおきました.運転手さんが肋骨を7本折った.ものすごい大物の雄鹿だったんです.体重を測ってみたら130kgありました.
富良野の森では5年ぐらい前からかなりの数になってきました.草食動物ですから草を食べてるんでしょうけども,冬は雪の下でどうしようもない.もう,やむをえず生きた木の皮をたべるようになるんです.その木にも味がいろいろあるとみえて,どれでもこれでも食べるっていうんじゃないんです.美味しいのとそうでないものがあるんです.彼らが冬場の餌として1番好んでいる木は「えりまき」です.ツリバナといったほうが皆さんおわかりになると思います.ツリバナの木が大好物です.富良野の森ではツリバナはなくなったと思います.その次になにを食べ始めたかといいますと,タラの木です.それからものすごく苦い木で,皮の苦い黄色いキハダという木.人間はとてもたぶん口に含めないくらい苦い,それを食べます.
その辺りまでは林業家も平気な顔をしてるんです.あまりお金になる木じゃないですから.食べられても.損をしない.その次に食べ始めたのがオヒョウという木です.ニレの仲間です.オヒョウはかなりの市場価値をもってて,有用な建築材料になるんです.
それがもりもり食べるんです.最初の1,2年は細い木をねらってました.やわらかくておいしいんでしょう.食べ尽くすと,だんだん太い木に,今では直径60cmぐらいの大木がまるはぎです.自分の口先が届く範囲以内,しかも積雪がある時から食べますから,3m以下の皮が全部食べられます.もうその木は翌年の夏を前に枯れていってしまいます.富良野には,鳥獣保護区が1万1千ヘクタールある広い森林があるんです.その中にいっぱい鹿がたむろしています.食料難もピークでないかと思われます.去年の冬にとくに目立ったんですけれども,雪の中で病死か餓死かわかりませんが,死体がけっこう目につくようになりました.いずれも小型なもの.体の小さな鹿たちです,病弱,ケガをした個体,そういうのが餓死していってしまうんじゃないんでしょうか.冬場ですからねそう簡単に肉は腐敗してこない,それでヒグマが鹿の死体を食べる.ヒグマが鹿の味をしめてきたということも事実だと思うんです.最初に言いました様にヒグマが鹿を襲うという現象が全道ではいま増えているんではないでしょうか.

ヒグマに会わないために
今年の春,クマによって3人の方が犠牲になってます.それから,あわやというふうにして助かった重傷の方が6人か7人いらっしゃいます.冬眠明けの腹ぺこグマは本来植物質を食べます.雪どけの進んだ沢地帯,沢の岸辺に生えてくる植物を食べたり掘って根を食べたりするわけです.そういうとこにも鹿がいっぱい集まってきます.鹿は特に朝昼の水飲みというのをかかせませんから,沢へ全部降りてきます.70,80,100頭という群れで沢へ来てますからもうヒグマにしてみればその気になればよりどりみどりです.ヒグマの餌の植物が,里からだんだん雪どけをまって芽生えてくるわけです.だからどうしてもそういう所にヒグマが集まる,そして鹿も行く.ヒグマには絶好の場所になるわけです.そこへ我々暇をもてあました人間が,ウドを食べたいなとかフキを食べたいないなとか行くわけです.のこのこ彼らのいる場所へ踏み込むわけですから,鉢合せになったらやられる機会がたくさんあると思うんです.専門家の話では,ヒグマは増えても減ってもいない,むしろ減少が心配だと言っているんです.マスメディアでものすごく報道されていますが,あの国道でヒグマが見えたとかなんとかかんとか,何だか人間の目にふれる機会が最近増えてきています.その原因はどうも鹿の味をしめたのがひとつの原因ではないかと僕は思っているんです.
いずれにしましてでもですね,皆さん自然が好きで,草花が好きで,動物が好きで,登山が好きでという人ばかりだと思うんですけれども,クマの居場所に踏み込む最前線の方々だと思います.
私は,19回会ってるんです.ヒグマに.あわやというニアミスが4回あるんです.その4回を通じて自分なりにこうしていたから助かったのかなというのがあります.その一つは,まずやっぱりにらめっこです.絶対弱み見せちゃ駄目です.あれは.こういう風な格好してると向こうはぐっていう格好で構えます.ですから,真正面から向い合う,そして10秒もしない内にです,何となく双方がふーっと肩の力が抜けるというか,あきらめか何か知らないけども,もう本当こう普通の気持ちに返るんです.それまではカーッとしてるんですけど,その時にあわてないことです.私は,目を離さないで後ろに静かに距離を置くようにします.4頭ともそれで成功しました.4頭のうち3頭は私とにらめっこをしたのちにヒグマが逃げていきました.あと1頭はかなりの時間をかけて距離をとってヒグマが見えなくなった段階で私は脱兎のごとく逃げました.つまり,向こうにこちらに対する警戒感を「こいつは悪い奴だ」という印象を与えない方がいいと思うんです.
登別のクマ牧場の学芸員さんが言ってましたけれども,森に入ってヒグマに会いたくなかったら拍手をして歩きなさいとおっしゃってました.拍手の音を嫌がるんだそうです.ですから森に入る時にヒグマに会いたくないなと思えば,鈴の音ももちろんです.更に拍手をしてカラオケでも歌いながら登山をするとヒグマに会わずにすむかも知れません.
一度ヒグマの写真を撮るのに白雲岳行ったことがあるんですよ.20何年か前です.時効だから言いますけれども,写真を撮りたいばっかりにヒグマのごちそうを持って出かけたんです.ハチミツです.それから生魚,あの時はえらい投資をしたんだけれどもオヒョウの生魚を持って白雲岳まで行って,1枚100万くらいの写真を撮ろうと思ったんですが,それをやる前にやって来てくれました.白雲の小屋に泊まって翌朝ご来光を見てましたら,はるか下の方から黒いのが白雲の小屋へ近づいてくるんです.あの頃は白雲に残飯が投げる場所があったんですよ.残飯棄て場という.どうもそれに居着いてたクマらしいです.お金にはなりませんでしたけれども写真は撮らせて頂きました.

ナキウサギを天然記念物に
大雪山といえばナキウサギ,かわいいですね,ナキウサギは岩場のすき間を利用して生活しています.自分で穴掘れないですから彼らは,住み場所をつくることが出来ません.だから今ある岩場しか彼らの住み場所はないのです.日本中には北海道の中でも,それを壊していくとどんどんどんどん彼らの数が減っていくのはもう目に見えてます.あるいは人間がつくってやる以外にはしょうがなくなるかも知れません.富良野の森で林道をさかんにつけました.狭い林道です.でもナキウサギの生息地のど真ん中をぶち破ってつけました.管理者も気を使ってその道路をつける両サイドに相当な幅をもって禁伐林,この森は林道をつけるだけでいっさいナキウサギのために伐採しない森にするからということで,そこへ林道つくことが決まったんです.付けました.全くいなくなりました.十年の間に.死んだのか,まだ岩場はありますよ生息する場所はあるんですが,その後いくら訪ねて行ってもいないし,彼らの生活の跡がないです.フンもない.冬用の食料を彼らは集めるんですね,岩場のすき間にいっぱい枯れ葉なんかを持っていってるんですが,秋に行ってもそういう形跡もないんです.あれで私はナキウサギの生息地の近くに人工工作物や林道を付ける,そういうことをしたら本当にナキウサギがいなくなってしまうんじゃないかと実感しております.
ナキウサギがまだ天然記念物になっていないなんておかしいですね.北海道の高山にしかいないんです.なんで,という感じがするんです.今ふぁんくらぶがあって一生懸命その運動,PR,宣伝をやっております.本当は早く藤巻先生にもよろしくお願いします.

外来種の脅威
千歳恵庭方面の外来種,アライグマ,油断してますと北海道のいたる所で出てくるかも知れない.函館の方で魚のブラックバスとかもありました.それから一番恐いのはシマリスです.エゾシマリスは日本では北海道しかいない.ところが今朝鮮からシマリスがどんどんペットとして入ってきてるんです.小樽の天狗山ではシマリス公園つくっている.かわいいからペットにしたい気持ちも分からないではないけども,ペットにしたらペットにしたで最後まで責任持ってもらいたい.何にあらず,ヘビでもワニでも何でも,面倒だって世話がかかりすぎるって途中で放棄する人が今多いですけどもそういうことの無いように,あるいはもっと輸入の規制をしなきゃ駄目じゃないかというふうに思うんです.そうしないと北海道が北海道でなくなってしまう可能性があります.これだけ国際化されてきますと,植物も然りです.きっと植物の専門家もそういうことで心痛めているのではないかと思います.大雪山というのは面白い所です.動物も花も鳥も.そういうことで皆さんがひとりあるいは3人,5人と連れていかれて大雪山の素晴らしさを伝えていく,そしてその後その人がまた新しい自然愛好者を誘い出す.そういう輪をつくっていくと,このフォーラムもますます盛会になってくる.とりとめのないお話で申し訳ありません.終ります.ありがとうございました.
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